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ytc_17の日記

5月11日の昼 村上龍のエッセイ

 

 もともと食欲が旺盛な方ではないのだが、昨日目が覚めると立ち眩みがした。起き上がっても上体を安定させることがなかなかできなかった。前日から口にしたものといえば、小さなチョコレートぐらいだった。窓を開けると夏のような陽射しが路面に落ちている。空気が湿っぽく生温かい。これはいよいよいけないなと思い、駅前に行ってアンドーナツを食べ、アイスコーヒーを飲んだ。コーヒーを飲みながら古本屋で買った古い本を読んでいた。

 

村上龍全エッセイ』 1976-1981 講談社文庫

 

 村上春樹のことを考える時、ある情景が浮かんでくる。知り合ったばかりの音楽好きの少年が二人。部屋でレコードを聞いている。プレイヤーから流れているのは、ヴェンチャーズの「ウォーク・ドント・ラン」だ。少年は二人共、目を輝かせている。二人はエレクトリックギターの音に、心を奪われているため、会話を交わさない。二人は何回も、何十回もレコードを回す。

 そして窓の外が暗くなった頃、一人が「いいなあ」と言って、もう一人がうなずいただけで、二人の少年はお互いの部屋へ帰っていく。二人の少年は、それぞれの部屋で、ギターの音を思い出しながら、ぼくらが演奏家だったらいいのになあ、と考える。

 僕らが演奏家だったら、あのいかした曲を、ギターとベースで一緒にやれるのになあ、そう考える。

 小説家は同じ曲を演奏することができない。

         『ウォーク・ドント・ラン 村上龍vs村上春樹』  7月講談社